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名古屋から与那国に移り住んで20年以上、数年前に突然与那国語で話すようになった村松さんの作文「しまくとぅばの日に寄せて」が、9月25日の八重山毎日新聞に全文与那国語で掲載されました。ことばの研究者や、他の島の若い人たちの励みになる文章だと思ったので、同じ内容を話してもらって動画にしました。どうやってしゃべれるようになったのか聞かせてもらったインタビューと合わせて紹介します。

その1 動画とテキスト

動画には書き起こした与那国語と逐語訳の字幕がついています。動画の内容を日本語意訳と逐語訳つきの与那国語で読み物にしました。意訳と逐語訳は山田真寛です。

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村松 稔(むらまつ みのる)

1977年生まれ。名古屋出身。長距離ランナー。

高校卒業後すぐに与那国に移住。2002年からアヤミハビル館(島の生き物の資料館)職員、2012年から与那国町教育委員会で社会教育文化財担当。

日本本土のみなさん、私は与那国島の教育委員会の村松稔という者です。どうぞよろしくお願いします。

だまとぅぬ ちまぬ うやんた うとぅだんた

(日本本土の 島の 親たち 兄弟たち)

あぬや どぅなんちま 教育委員会ぬ

(私は 与那国島 教育委員会の)

村松稔んでぃ んどぅ むぬどぅ ないぶる。

(村松稔と 言う ものぞ なっている)

どぅーでぃん ちー とぅらしわり。

(どうぞ 知り くれなされ)

 

 

今日は遠い果ての島、東京から山田先生がいらっしゃって、与那国語で話せ話せと私におっしゃるので、少しだけ与那国でお話ししようと思います。間違いがあるかもしれませんが、聞いてください。

すや みゃーる はてぃぬ ちま とーきょーがら

(今日は 遠い 果ての 島 東京から)

だまだ しんしーか゜ わいしてぃ

(山田 先生が いらっしゃって)

あぬんき どぅなんくとぅばし はなし きり

(私に 与那国語で 話 しろ)

はなし きりんでぃ んでぃわるゆんがら

(話 しろと おっしゃるから)

ばっぱい きるかん ばがらぬんか゜

(間違い するかも わからないが)

どぅなんくとぅばし ‘とぅくとぅば

(与那国語で ひとこと)

はなし きるかやんでぃ うまりる。

(話 するかなと 思います)

‘てぃー とぅらしわり。

(聞き くれなされ)

*「か゜」は鼻濁音と呼ばれる[ŋa]の音です。与那国語は「か゜[ŋa]、き゜[ŋi]、く゜[ŋu]」を、意味を変える音(音素)として持っています。

 

 

私が先輩方から聞いた話です。昔、私たちの島でも方言札というものがあったそうです。先輩方は子どものころ、学校で与那国語を使うと「そんなことばを使うな」と叱られて、この方言札を首から下げられる罰があったよ、という話を聞きました。

あか゜ うやんたがら ‘てぃたる はなし。

(私が 親たちから 聞いた 話)

んかち ばんた ちまに あたんてぃん

(昔 私たち 島に あっても)

ほーげんふだんでぃ んどぅ むぬ あい

(方言札と 言う もの あり)

うやんたぬ ぐまさる ‘た

(親たちの 小さい 間)

がっくに あいび 

(学校に あってから)

どぅなんくとぅば ‘かいんか゜しや

(与那国語 使ったら)

うんにぬ くとぅば ‘くんなんでぃ むたかりてぃ

(そのような ことば 使うなと 叱られて)

うぬ ほーげんふだ ぬびがら さき゜らりてぃ

(その 方言札 首から 下げられて)

ばち きらりたんどんでぃ んどぅ はなし

(罰 されたよと 言う 話)

あぬや ‘てぃたる。

(私は 聞いた)

 

 

そんなこともありましたが、今は時代が変わりました。世の中の人はみんな口をそろえて「しまのことばを大切にしよう」「与那国語をいつまでも残していかないといけない」と言っています。ものの考え方というのは、時代に合わせてどんどん変わっていきますね。

うんにどぅ あか゜

(そのようにぞ あるが)

ないや でぃだいや かばいてぃ

(今は 時代は 変わって)

しきん どぅぬながぬ ‘とぅんたや

(世間 世の中の 人たちは)

ぶーる するてぃ

(みんな そろって)

ちまくとぅば あたらきり、

(島ことば 大切にしろ)

どぅなんくとぅば

(与那国語)

ぬぐしひらぬとぅ ならぬんどんでぃ、

(残していかないと ならないよと)

いちばぎん ぬぐしひらぬとぅ ならぬんどんでぃ

(いつも 残していかないと ならないよと)

んでぃわるん。

(おっしゃる)

むぬぬ かんがいかたんでぃ んどぅんすや

(ものの 考え方と 言うのは)

でぃだいでぃだいに あしてぃ

(時代時代に 合わせて)

‘たー かばいひるんえー。

(どんどん 変わっていくね)

 

 

私はことばを残していくということは、年寄や先輩方から私たち若い世代、そして子どもたちや他の島から来た人たちみんなが力を合わせてこそ、できることだと思っています。

あぬや

(私は)

くとぅば ぬぐしひるんでぃ んどぅんすや

(ことば 残していくと 言うのは)

あさんた あぶたんた

(おじいさんたち お母さんたち)

うやんたがら ばぬ ばがむぬんた しだい

(親たちから 私たち 若者たち 世代)

また うとぅだんた あがみんた

(また 兄弟たち 子どもたち)

ふがぬ ちまがらぬ ‘とぅんた

(他の 島からの 人たち)

ぶーる しから あしてぃどぅ

(みんな 力 合わせてぞ)

ぬぐしひらりるんでぃ あぬや うむいぶる。

(残していけると 私は 思っている)

 

 

それなのに、いざ若い世代が与那国語を使うと「何かそのことばの使い方は」、「敬語が間違っている」、「発音があっていない」、「『鍬』の発音は「ぱんがい」じゃない、鼻濁音の「ぱか゜い」だ」、「そんなのなら使うな」と、先輩方から叱られっぱなし。

うんにどぅ あか゜

(そのようにぞ あるが)

いた ばぬ ばがむぬんたか゜

(では 私たち 若者たちが)

どぅなんくとぅば ‘かいか゜しや

(与那国語 使ったら)

「ぬや んだぬ ‘かいかたや」

(何か おまえの 使い方は)

「うやまいくとぅば ならぬん、

(敬語 ならない)

 ばっぱい きーぶる」

(間違い している)

「びん あたらぬん」

(発音 あたらない)

「「ぱんがい」や あらぬん、

(「ぱんがい」は でない)

 「ぱか゜い」んでぃ」

(「ぱか゜い(鍬)」と)

「うんにどぅ あたば ‘くんな」んでぃ

(そのようにぞ あったら 使うなと)

‘たー むたかり。

(ずっと 叱られ)

 

 

そんなふうに言われてまで、もっと与那国語を使おうと思う若い人はいませんよ、先輩方。これはかたちが変わっても、先輩方の時代にあった方言札と全く変わらないと私は思います。残念です。

うんにばぎん んだりてぃ

(そのようにも 言われて)

まーびん どぅなんむぬい ‘くーんでぃ

(もっと 与那国語 使おうと)

かんがいぶる ばがむぬんたや ぶらぬんど、

(考えている 若者たちは いないよ)

うやんた。

(親たち)

くや かたち かばいたんてぃん

(これは 形 変わっても)

うやんたぬ でぃだいに あたる

(親たちの 時代に あった)

ほーげんふだとぅ ‘とぅーん かばらぬんでぃ

(方言札と まったく 変わらないと)

あぬや うむいぶる。

(私は 思っている)

いなむぬ。

(残念)

 

 

また同世代のみなさん、私たちの世代は、ネイティブ与那国語を先輩方から習うことができる最後の世代です。先輩方が元気なうちに習わなければ、与那国語というものを残していくことはできません。このことはしっかりと心にとめておかないといけません。私が言っていること、わかりますよね。

また うとぅだんた

(また 兄弟たち)

ばぬ ばがむぬんたや、 ばぬ…ばんた しだいや

(私たち 若者たちは 私たち 世代は)

まーむに どぅなんくとぅば

(本当 与那国語)

ネイティブぬ どぅなんくとぅば

(ネイティブの 与那国語)

うやんたがら なるー ぐとぅ きらりる

(親たちから 習う こと できる)

いってぃん んびぬ しだいんでゃ。

(一番 一番 尻の 世代だよ)

ばんたか゜

(私たちが)

うやんたか゜ がんどぅ きーわる ‘た

(親たちが 頑丈 しなさる 間)

ならいひらぬとぅ

(習っていかないと)

どぅなんむぬいんでぃ んどぅんすや

(与那国語と 言うものは)

ぬぐしひらにぬんど。

(残していけないよ)

うぬ ぐとぅや しかーとぅ

(その ことは しっかりと)

ちむに とぅみてぃ ひらぬとぅ ならぬん。

(肝に とめて 行かないと ならない)

あか゜ んでぃぶる ぐとぅ ばがるんさ。

(私が 言っている こと わかるでしょう)

 

 

日本本土からやってきた私のような者でも、これくらいは話せるようになります。さあ、一緒に与那国語を勉強しましょう。

だまとぅぬ ちまがら とぅんでぃする

(日本本土の 島から 出てきた)

あぬんにぬ むぬ あたんてぃん

(私のような もの あっても)

うぬあたいや きらりるんに なるんでゃ。

(そのくらいは できるように なるんだよ)

でぃ、 まどぅん べんきょー きんだんぎ。

(さあ 一緒に 勉強 しよう)

 

 

今日は私の思いをお聞きいただき、ありがとうございました。

すや あか゜ うむい ‘てぃー とぅらしわい

(今日は 私の 思い 聞き くれなさり)

あらーぐ ふがらさ。

(とても ありがとう)

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与那国語のこと

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島の人たちが「どぅなんむぬい・どぅなんくとぅば」や「ほーげん」と呼ぶ島のことばは「日琉語族-琉球語派-南琉球語群」に分類される琉球諸語の一つです。日本語諸方言や他の琉球諸語と同じ祖語「日琉祖語」から分岐した言語ですが、長い歴史変化を経て現在の沖永良部語の文法体系を獲得しました。

ユネスコは2009年に、与那国語を含むすべての琉球諸語を「いま何もしなければ」なくなってしまう「消滅危機言語」として報告しました。