言語復興の港のこと

​第2回

言語復興の港が実現すること

数十年前まで日本では、異なる地域の人同士が不自由なく意思疎通ができるように、標準語(日本語共通語)を身に付けることが奨励されていました。琉球諸島では、学校で地域言語を使った子どもに、「方言札」と呼ばれる札を首から下げさせる罰則もありました。現在では、ほとんどの人が同じ言語で話すことができるでしょう。しかし、共通の言語を持つことは、それだけをただ一つの使用言語とすることを必要としません。

 

人間は二つ以上の言語を使用する能力を持っています。日本語の他に英語や中国語などの外国語を話す人が、今の日本にはたくさんいます。両親が違う言語を話していたり、家庭と地域で使われる言語が異なるため、生まれたときから二つの言語を母語として獲得する子どももたくさんいます。大人になってから母語以外の言語を学習して習得する人もたくさんいます。

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言語復興の港では、次のような考え方を共有しながら、地域言語研究者・作家やデザイナーなど言語以外の分野の専門家・地域言語の母語話者や継承者が協働し、地域言語が消滅の危機を脱するためのさまざま様々な取り組みを行っています。

どのような未来を目指すか

何十年も先のことは分からないかもしれませんが、目指す未来を今から想像することは、具体的な取り組みの指針になります。言語復興の港は、中央の共通語だけでなく、現在消滅の危機に瀕している地域言語を話す人がたくさんいて、日本が豊かな言語の多様性を持つ社会となる未来を目指します。そのような未来を実現するためには、今何をすればよいでしょうか。そのときには、どんなことを大切にすればよいでしょうか。実現したい未来を見据えつつ、現在の状況を理解することで、その間にある道のりを考えることができます。

 

5年後に実現すること

現在は、地域言語の価値がじゅうぶん認められているとは言えず、地域言語を継承するための理想的な環境が整っているとも言えません。地域言語を学習したいと思っても、利用できるコンテンツがほとんどありません。言語復興の港は、地域言語を利用したコンテンツの制作・利用を軸とした言語復興のしくみを、5年後を目標に整備しています。さらに、このしくみを利用して、いろいろな地域や人が乗り入れることで拡張されていく、言語復興のプラットフォームを整備しています。

 

大切にすること

5年後やその先を目指した取り組みを行う際に、専門家や地域コミュニティメンバーに限らず、関わる人みんなが、ほんとうに「欲しい・面白い・やりたい」と思うことをすること、つまり「内発的に動機づけられたことをする」ことが重要だと考えます。さらに、外部の専門家が一方的にプロジェクトを進めるのではなく、私たちとの協働をとおして地域言語コミュニティが主体的にプロジェクトを進める力を身につけることも目指します。そうすることによって、「誰かのため」や「その場限り」ではなく、持続可能な言語復興が可能になると考えています。