親の世代からの言語復興
アメリカ・インディアナ州のパデュー大学フォートウェインで10月31日から11月2日に行われた、国連の国際先住民言語年2019を記念する国際シンポジウムで、沖永良部島の前田卓也さん・ゆり香さんと一緒に研究発表をしました。発表の内容を、しまのことばで話す前田夫妻の動画と合わせて紹介します。
卓也さんやゆり香さんのような40歳くらいの人たちは、琉球語が話せない世代と言われてきました。でも2017年から私たちと一緒に言語復興プロジェクトに取り組み、練習して話せるようになってきたので、今回しまのことばで発表してもらいました。とっても素敵な内容だったので、動画と合わせて日本語の読み物として編集したものも掲載します。お二人のお話の後に、少し長めの背景解説をします。
目次
第3回 「潜在話者」
若い前田卓也さん・ゆり香さんが、琉球語の一つである沖永良部語で話している動画を見ていただいた後ですが、少し一般的なお話から始めます。
琉球諸語は、おおむね60歳以上の人が日常的に使っていますが、子どもたちはしまのことばを話すことも、聞いて理解することも、ほとんどできません。まさに「いま何もしなければ」なくなってしまう消滅危機言語です。しかし、流暢な母語話者である「祖父母の世代」と、しまのことばがわからない「子の世代」の間の、「親の世代」の言語能力はどうなのでしょうか。
横軸は年齢、縦軸は「理解度テスト」の点数です。
島では「若い人たちは、しまのことばを多少はわかるけど、話せない」とよく耳にします。若い人たち本人も「聞いたら多少はわかるけど…」と言う人が多いです。
「若い人」って何歳くらい?
「多少はわかる」ってどのくらい?
と問いかけるのが、研究者です。
これまで誰も客観的に調査していなかったようなので、まずは「島のことばを理解する能力」を測定する方法をじぶんたちで考えて、実際にたくさんの島の人たちにやってもらいました。しまのことばのリスニングテストのようなものをつくたと思ってください。例えばこんな感じです:
聞いてください:
『い゛んがぬ くゎーわ うーど ふいし
あぐ あびてぃから
きーから うりてぃ ‘まーち きちゃん』
(男の 子は 大きな 声で
友だち 呼んでから
木から 降りて こっちに 来た)
質問:
『登場人物は木から降りる前に何をしましたか?』
しまのことばがわかれば「大きな声で友だちを呼んだ」と答えられますね。こういうのがつながって2分くらいのストーリーになるように、さまざまな文法要素を混ぜた20問の「理解度テスト」を2つつくりました。
沖永良部島の国頭集落、上平川集落、宮古島の西原集落で生まれ育った、いろんな年齢の人たちに理解度テストを受けてもらった結果がこちらです。横軸は年齢、縦軸は20点満点の理解度テストの点数です。
少なくとも沖永良部島生まれ育ちの40歳前後の人たちは、日常的にしまのことばを使っていないにもかかわらず、しまのことばを完全に理解できることがわかりました。しまのことばを日常的に使っている60歳以上の人たちと、理解度テストの点数に統計的な差はありません。
「しまのことばを流暢には話せなくても、聞いて理解することができる」人たちは、小さいときに聞いていたしまのことばの言語知識がすでに頭の中に入っていて、それを口から出すことが今はできないだけ、と考えることができます。
彼らは大人がふつうに新しい言語を学習するのとは違って、話す練習をすればしまのことばの話者になる「潜在話者」と呼ぶことができると、私たちは考えています。
さらに彼らの多くは、言語獲得期にある子どもを育てている「親の世代」なので、彼らが家の中でしまのことばを話すようになれば、それを聞いて育つ子どもたちは、学校で使われる共通語としまのことばのバイリンガル(少なくとも受動的バイリンガル)になれると考えられます。
そこで言語復興の港が沖永良部島の人たちと考えたのが、前田卓也さん・ゆり香さんも参加した「しまむにプロジェクト」です。
私たちが学術的に発表したものも紹介しておきます。すべて山田真寛(https://researchmap.jp/7000009595/)と横山晶子(https://researchmap.jp/akikoyokoyama/)のresearchmapページのpdfダウンロードリンクです。
理解度テストを使った実験全体のこと:
(英語の論文です)
・Yamada et al. (to appear) Japanese/Korean Linguistics 26.
理解度テストの結果と統計的な妥当性:
・横山,籠宮(2019)『方言の研究5』
理解度テストの結果(1枚のポスターです):
・琉球諸語の相互理解性と世代間継承度の測定(山田(2019)国語研オープンハウス2019)
・沖永良部語の世代間継承度(山田(2019)和泊町歴史民俗資料館掲示資料)
沖永良部語の衰退要因:
(短くて読みやすい学会発表資料です)
横山,富岡(2019)『日本言語学会第158回大会予稿集』